平成20年度 現代GP講義
キャリアプランニングT(行政:長野裕子先生)

2008年6月25日(水)、前回に引き続き文部科学省でご活躍中の長野裕子先生をお招きしました。長野先生はお茶の水女子大学理学部を卒業後、科学技術庁(現在の文部科学省)に入庁し、宇宙開発や原子力に携わる部署を経て、現在は文部科学省 研究振興局 ライフサイエンス課 生命倫理・安全対策室 安全対策官として生命倫理に関する政策を作成されています(※ 所属は講義ご担当当時。現在は 文部科学省科学技術政策研究所 第3調査研究グループ 総括上席研究官)。

一児の母である長野先生はどのようなキャリア築いてこられたのでしょうか。仕事と育児の両立に学生の興味が集まります。

なぜ行政官になったか

学生時代は、ノーベル賞を狙える最先端の研究者を目指していました。しかしある時、自分が研究に直接携わるのではなく、様々な機関の人たちが研究を円滑に進められる環境を構築する仕事がしたいと発想が変わりました。そこで国家公務員を志すようになりました。

行政官としてどのようなキャリアアップが可能か ― 私の場合 ―

国家公務員は国民のために奉仕する職業です。科学技術庁に入庁して最初に配属になった研究開発局では、人々の生活を豊かにする科学技術の推進事業に携わりました。 入庁2年目には、研究開発局の中でも宇宙開発に関わる部署に異動しました。そこでは、米国、欧州、カナダ、ロシアとともに我が国も参加している「国際宇宙ステーション(ISS)計画」に関わる国際間協定交渉や、地球観測衛星が取得する地図・農林水産業・災害・気象などの観測データの実利用の促進を目指しました。

入庁10年目から1年間産休、育休をとりました。 今は制度上、最長3年間の育休取得が可能です。1年間であれば男性職員で育休を取った人もいます。 復帰後は、内閣府 原子力安全委員会事務局において、原子力の安全の確保に関する事項について企画し、審議し、決定する任務に就きました。 発電所設置に向けた安全基準ガイドラインの指針案作成や、原子力発電というものに対する国民の安全イメージの調査などが主な仕事でした。

13年目から3年間は、文部科学省から外務省に出向しました。 まだ子供が小さかったので(当時2歳)、母子単身赴任をすることになりました。オーストラリアに着任し、現地の科学技術、環境、保健医療などの推進に携わりました。具体的には、オーストラリアでの科学技術情勢について情報収集・分析したり、外交官として日本人のお世話をする、というような、文科省とはちょっと離れた職務を経験できました。中でも、在豪中に開催された環境六カ国会議では、当時の小池百合子環境大臣をはじめ、6カ国の大臣とご一緒する機会もあったそうです。

このように、職員が他省庁に出向することで、視野や考え方の幅が広がることから、文科省では積極的に省庁間の人事交流を進めていることも、魅力のひとつです。

15年目から現在に至るまでは研究振興局ライフサイエンス課に在籍し、生命倫理・安全対策室 安全対策官として、遺伝子組み換えの法律の運用、審査、法令違反をした研究者の審査など、生命倫理・安全対策に関する行政を担当されています。

国家公務員とはどんな仕事をするのか、文部科学省に入省すると具体的に何をするのかなど、ひとつのロールモデルとしてイメージが湧いたお話でした。出産後でも、家庭の理解とワークバランスの実現で、キャリアを構築し続けていくことができるということは、学生たちの大きな励みとなったようです。


演習:政策立案をやってみよう

次に、先生が現在いる部署で実際に議論している生命倫理・安全対策をテーマに、政策立案・評価の演習を通して、行政官として働くということを体験しました。

演習1

あなたは厚生労働省の行政官であるとします。
不妊で悩んでいる女性のために、他の女性から卵子を提供することについて、現在では倫理的な点から、まだ議論が定まってないので禁止とされています。

まずは、卵子提供の是非について議論しましょう。
―あなたは認めるべきか否かどちらを支持しますか?
―その支持について、どのようにして国の政策決定をすべきと思いますか?

学生「卵子提供が許可されれば喜ぶご家族も多いと思います。でも、精子の提供が可能なのに、卵子が何故ダメなのかわかりません」

長野先生「精子を採るのは簡単ですが、卵子を採るのは女性の体に負担を掛けるからですね」

学生「そもそも、自分の遺伝子を受け継いでないのに、出産したいと思うものなのでしょうか?」

学生「人それぞれの考え方なのかもしれませんが、不妊も自分の障害と割り切って付き合っていくべきじゃないでしょうか。それもその人の運命なのではないかとも思えます」

長野先生「とても難しい問題ですね。現在、ドナー卵子を使った妊娠・出産は技術的には可能ですが、日本国内ではまだ、生まれた子の福祉はどうなるのか、その子がどう思うかについてなど、まだまだ議論の余地が残されています。まだ結論は出ていません」

演習2

近年、クローン動物を作る研究が開発され、これをつかえばクローン人間の作成も可能になるかもしれません。
―あなたはクローン人間を作成することについて認めるべきだと思いますか?
―人間を作る前段階(胚として研究に用いる)についてはどうですか?

学生「基礎研究はやった方が良いと思うけど、卵子を殺さず、iPS細胞でやって欲しい」

学生「是か非か判断に迷います。他国ではどうなっていますか?」

長野先生「国によって全然違うんですよ。キリスト教の戒律が厳しい国フランスなどは全面禁止。ナチス的な考え方としてドイツでも禁止されています。日本だったらどう考えますか?」

学生「日本は宗教的なしがらみがないから、最終的には胚を使うのは良いのでは。卵子を使わなくて済むならその方が良い」

長野先生「人のクローン胚を作成する技術は、人の胚を用いて、人を助けることができる技術です。現在、クローン人間の作成は禁止されていますが、難病治療に使えるクローン胚の研究のみ、国は認めています。胚を人工的に作成する研究をやって大丈夫か、など 方針決定当時にも大きな議論がありました」

演習3

あなたは文部科学省の行政官です。人クローン胚を作成する研究は現在限定的に容認される方針が定まっています。クローン胚を作成する研究には卵子が必要です。
―あなたはどのような場合であれば、卵子の提供が認められると思いますか。
―どのようにすればその方針決定ができると思いますか。

学生「臓器提供カードや骨髄カードの様に、“卵子バンク”という機関を作って登録制にしてはどうでしょうか」

学生「卵子の売買などが行われてしまうと大きなトラブルになると思うので、私も“卵子バンク”の設立に賛成です。でも、卵子の摘出が身体への負担の大きいものだったら、ボランティアとして自主的に登録してくれる人はいないんじゃないでしょうか」

長野先生「そうですね、今出されたご意見そのものが、実際の議論にも出てきましたよ」

学生「国民の意見はさまざまで、こういう問題の結論を国民に求めるのは難しいと思います。最終的には行政官が決めるのでしょうけれど、そこに国民の意見はどのように反映されるのでしょうか」

学生「国民の意見を重視する様、マスコミに呼び掛けて知らせてもらうというのはどうでしょうか」

長野先生「ときには国民投票すべきだ、という議論もあります。クローン問題についても、パブリックコメントを実施しました。有識者による臨時委員会を作り、大学の先生や医学研究に造詣の深い方、刑法に強い弁護士、産婦人科の医師など、様々な分野の人に議論してもらいました」


人クローン胚の研究利用に向けての法整備の実際

ここで学生自身が取り組んだこれらの演習問題に関連して、実際に文科省で審議されている「人クローン胚の研究目的の作成・利用のあり方について」の、第一次報告を紹介していただきました。この議題は、他に治療法のない難病などに対する医療研究として「人クローン胚研究利用」の必要性が叫ばれていることが背景となり、それに必要な枠組み整備に向けて、文科省が平成16年10月に検討着手し始めたものです。

平成16年12月から19年12月までの3年間、32回にわたる「人クローン胚研究利用作業部会」を開催し、動物実験での研究成果や海外での研究規制の現状、生殖医療の現状などについて12人の専門家・有識者からヒアリングしました。3年間の真ん中に相当する平成18年6月には中間取りまとめを行い、さらにパブリックコメント実施結果を検討しました。このようなプロセスを経て、現在では「臨床応用は認めないものの、厳しい条件を課した上で、難病治療を目指す基礎研究に限り、研究の道を開く」という指針改正案をまとめました。この指針改正案は、この秋にも総合科学技術会議に諮問し、研究解禁を目指すとみられますが、決定までにはさらに徹底した議論と、国民の皆様が十分に納得する説明が求められることでしょう。

卵子や受精卵の入手や扱いに関する問題や、人クローン個体作成を禁止するといった倫理的な賛否を絡めつつ、再生医療研究の可能性を広げるために十分な法措置を作成することの大変さや、その社会的な意義について、深く知ることができました。

「この議論は、文部科学省で扱っているひとつの例に過ぎません。政策を決定するには色んな方法や選択肢があります。どんな政策であっても、第一に社会における合意が前提です。政策はひとりひとりの生活に関わっています。自分たちの生活がどうなっていくか、関心を持ってみてください」(長野先生)

政策を立てる、という視点で世の中を見ることにあまり慣れていなかった学生たちからも活発に意見がでました。文部科学省の仕事が私たちの暮らしに直結していることがよくわかった1時間半でした。


文責 / 現代GP:阿部純子

受講者の声

  • 難しい仕事をしているようで、大変さが少しわかりました。
  • 活き活きと働いていらっしゃる様子がうかがえて、自分も仕事をしたいと思った。
  • 公務員を目指したいと思った。