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国際社会青年育成事業参加報告

2019年11月28日更新

内閣府「国際社会青年育成事業」は、平成6年に皇太子殿下(現 天皇陛下)の御成婚を記念して開始した「国際青年育成交流事業」を2019年のお代替わりを契機に発展させた事業で、欧州・アフリカ、北米・中南米、アジア・大洋州の各地域の課題をテーマに設定し、テーマに沿って施設訪問やディスカッションを行いました。さらに、現地での様々な活動やホームステイ、帰国後に行われる国際青年交流会議を通して、海外青年や現地の方々とも交流を深めました。

私は、2019年度日本代表青年として9月18日から10月5日までメキシコ・ペルーを訪問しました。テーマが「災害対策」ということで、メキシコでは国立災害予防センターやメキシコ国立自治大学の災害救助犬養成プログラム・国立気象局、ペルーでは国家防災庁や国立工科大学の日本・ペルー地震防災センターなどを訪問しました。事前に両国の災害対策については調べて団員間で共有していましたが、現地では想定以上に研究が活発に行われている印象を受けました。それと同時に各国の社会的・地理的背景によって対策方法や対策における問題点が異なっており、研究成果がうまく生かされていないことにもどかしさを感じることもありました。それでも現状をよりよいものに改善していきたいという姿勢を強く感じ、災害対策に関する明るい未来を感じ取ることができました。

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メキシコ青年庁にて

メキシコとペルーでは、「災害対策」以外にもたくさんの経験ができました。
最初の訪問先であるメキシコ青年庁では、ソンブレロのプレゼントや民族舞踊で溢れんばかりの手厚い歓迎があり、民族舞踊では途中で団員全員も参加し一緒に踊るなど、ラテンらしい陽気なおもてなしを受けました。おもてなし全てが、まだまだ未熟な私たちに向けたエールに感じ、「これからも頑張ってね」と大きく背中を押してくれたようでした。
メキシコ人は底抜けに明るく、マイペースで細かいことは気にしないという国民性のようでした。日本人一般とは真逆かもしれませんが、それが逆にうまくマッチしていたように思います。メキシコ青年は初対面時から明るく話しかけてくれ、「何を勉強しているの」「どうしてこのプログラムに参加しようと思ったの」などと質問攻めにしてくれ、話す機会をたくさん与えてくれました。その後も施設訪問やパーティー、遺跡観光を通じて、たくさんコミュニケーションをとれたことが非常に嬉しく、この経験がのちのペルー滞在や国際青年交流会議でも積極的に海外青年と交流する活力となったのだと思います。

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日系人協会にて

ペルーでは、日系人協会にお世話になったこともあってか、日本人と似た国民性を多く感じ取ることができました。ペルーには日系人が約10万人おり、私のホームステイ先も日系の家庭でした。特に祖母は日本で働いていた経験もあって日本語がほぼ不自由なく話せ、日本語で常に会話していたのは不思議な感覚でした。現在では日本語を話せる日系人はかなり限られているものの、私のホストファミリーの兄弟2人は、父親が日系人で日本語が話せない一方で日本語を自主的に学習しているようでした。また、日系人協会では日本語の習得の有無を問わず日系人同士の繋がりが強固に継続されていることがわかり、自分のルーツを今でも大事に思ってくれていることに日本人としては嬉しい限りでした。

メキシコ・ペルー人は英語の優先度が日本と近いことからか私の決してうまくない英語を特段気にすることもなく、また、はじめから陽気に分け隔てなく接してくれたことで、文化や国民性の壁を感じることなく仲良くなることができました。帰国後の会議期間中も、自由時間にはメキシコ・ペルー青年と成田近郊で行動を共にしましたが、国同士で固まることもなく、常に様々な青年と深く交流できたことがとても嬉しかったです。

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国際青年交流会議での成果発表会

私は、事業前にある目標を立てました。それは、「内容は二の次で良いから、とにかく発言できるようになる」ことです。事前研修時は質問を求められると即時に手が挙がる団員、英語での発表を即時にこなす団員に圧倒されました。私自身苦手意識はあったのである程度は覚悟していましたが、何も自発的に行動しなければ与えられたプログラムを受動的にこなすだけで、自分ならではの経験など得られずあっという間に時間だけが過ぎていくのではないか。そう危機感を持った私は、この事業に参加しなければ挑戦しようと思わなかったであろう「自主的に発言すること」に挑戦しました。
国際青年交流会議はこの目標に取り組む絶好の機会でした。海外青年は優秀な方ばかりで実力の差を感じ、そのような環境下で全体で発表することは勇気が必要でした。それでも私の意見を懸命に伝えると、周りは意図を汲み取ろうと努力してくれました。「私も同じことを思っていたから、発言してくれてありがとう」と言ってくれたり、私の意見の意図が伝わらなかったとき、意見を理解してくれた海外青年が、私の代わりに説明してくれたりすることもありました。私の挑戦を、たくさんの友人が手助けしてくれました。
会議後には海外青年やファシリテーターの先生に、「たくさん発言していて尊敬した」「事前研修のときはディスカッションが苦手と言っていたのに、たくさん発言できていて驚いた」と言ってもらえました。発言するかしないかの二択を迫られたときに「発言する」を選択できるようになったことは、私にとっては大きな成長です。

この事業を振り返ると、優秀なみなさんについていくのは大変でしたが、だからこそ得られた経験・自己の成長があったと思います。また、団員が少人数なことから事前準備や派遣中に与えられる各団員の役割が非常に大きく、日本紹介の係の仕事や協賛の取得など、色々な仕事を経験できたのも非常に楽しかったです。「私はもっと頑張れるぞ!」と自信を与えてくれたこの事業・事業に関わった全ての方々に感謝でいっぱいです。今はこの事業で得た経験をさらなる成長に繋げたい、周りの方々に還元したいという思いを強く感じています。

(人間文化創成科学研究科理学専攻M1 森島 佑美)

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