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2025年11月28日更新
2025年11月13日(木曜日)、独立行政法人国際協力機構(JICA)でジェンダーと開発分野の国際協力専門員である宇佐美茉莉さんと独立行政法人国際協力機構(JICA)ガバナンス・平和構築部ジェンダー平等・貧困削減推進室職員の田島冬馬さんをお招きし、「国際協力の現場を知る」連続セミナー「ジェンダー平等と女性のエンパワメントに向けて:国際協力の現場から」が開催されました。
講演では“ジェンダー平等と女性のエンパワメント”というグローバルアジェンダに基づいて田島さんのJICAジェンダー平等貧困削減推進室での取り組みやプロジェクトにおけるジェンダー主流化について、そして宇佐美さんからGBV(Gender Based Violence_ジェンダーに基づく暴力)の撤廃に向けたGBV被害者支援についてパキスタンでの実際の取り組みを例にお話を伺うことができました。
田島さんの所属されているJICAのジェンダー平等貧困削減推進室では主に、1.ジェンダー平等と女性のエンパワメントを主目的としたプロジェクトの形成・実施、2.他セクターのプロジェクトのジェンダー主流化、3.JICAのジェンダーに関わる方針の発信や整理、外部機関との関わり、の業務を担っているとのことで、実際の手引きや指標を見ながら伺ったお話から、各分野やセクターにおいてジェンダー視点で検討する必然性を感じました。
宇佐美さんのお話では、ジェンダー課題の複雑さとGBV被害者の支援について保護や救済にとどまらない自立や社会復帰までの包括的なサポートが強く印象に残っています。宇佐美さんが活動されていたパキスタンでは、夫・パートナーからの身体的・性的暴力、そして児童婚や強制結婚、名誉殺人などの有害な慣習が未だ存在しているなど、GBVが大きい社会課題になっています。JICAではパンジャブ州において、被害者中心アプローチに基づいたGBV被害者の保護、経済的自立と社会復帰を促進する州の支援体制が強化されることを目標に、さまざまな関係機関と連携しながら支援が進められてきました。講演の後半では、特にこの「被害者中心アプローチ」が現場でどのように実装され、どのような変化が生まれたのかについて、宇佐美さんが具体的な事例を交えて説明してくださいました。被害者中心アプローチとは、被害者一人ひとりの意思と選択を尊重し、安全と尊厳を最優先にサービスを提供する考え方です。しかし、パキスタンのように家族制度やジェンダー規範が強く根付く社会では、行政の担当者も「家族に戻す」ことが最善だと信じてしまいがちで、被害者自身の希望が軽視される場面も少なくありませんでした。そのなかで、JICAが実際にサバイバーの方と関わる職員の方に対して実施した研修は、支援者の意識と行動に変化をもたらすことを目的としたもので、それが少しずつ成果に繋がりました。例えば、従来は和解を強く勧めてしまっていたクライシスセンターの職員が、ケースマネジメントを通して「まずは被害者が何を望んでいるのか」を丁寧に聞き取るようになったり、心理的ケアや法的支援につなぐケースが増えてきたという報告がありました。この変化は、単なる知識研修ではなく、ロールプレイや事例検討を積み重ねたことで実現したものだと伺うことができました。
また、パイロット活動の中でも特に印象的だったのが、Transitional Home という新しい支援モデルの導入です。これは、従来の緊急保護に特化したシェルターでは対応しきれなかった、中長期的な自立支援のニーズに応えるための施設です。被害者が安全な環境で職業訓練やカウンセリングを受け、自分のペースで社会復帰の準備ができるという点で、切れ目のない支援の質を大きく高める取り組みと言えます。
Transitional Home から就職し、自立して生活を再構築した女性たちの存在は、プロジェクトの成果を象徴するものであり、同時にカウンターパート機関の意識変革にもつながったとのことでした。実際にファイサラバード県ではプロジェクト終了後もTransitional Homeが継続して運営されており、州政府の制度として根づきつつあることは大きな成果だと感じました。
今回のセミナーを通じて、ジェンダー平等の推進やGBV支援というテーマが、単なる国際協力の一分野ではなく、人間の尊厳に直結した重要な課題であることを改めて実感しました。ジェンダーに基づく暴力が蔓延る社会では、課題が複雑かつ根深いと感じています。しかし、制度づくりと現場実践の両面で地道に改善を積み重ねていくことが、課題の大きい地域においても確かな変化を生み出すのだという希望を感じる内容でした。
(文教育学部人間社会科学科 若松彩希)