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【開催報告】第56回SDGsセミナー「SDGsと人間の安全保障―国際公益が求められる時代は終わったのか?」(2026年5月14日)

2026年5月20日更新

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講師の峯さん

2026年5月14日(木曜日)、独立行政法人国際協力機構(JICA)緒方貞子平和開発研究所所長である峯陽一さんをお招きし、第56回持続可能な開発目標(SDGs)セミナー「SDGsと人間の安全保障―国際公益が求められる時代は終わったのか?」が開催されました。

講演では、「SDGsの時代に尊厳を考える」というテーマのもと、「人間の安全保障」の理念をヒントにしながら、「尊厳」について学ぶことができました。

峯さんは、そもそもSDGsとはどのようなものなのか、なぜ世界中で注目されているのか、そしてどのような経緯で誕生したのかについて詳しくお話ししてくださいました。その中でも特に印象に残ったのは、SDGsの理念である「Leaving No One Behind(誰一人取り残さない)」という言葉です。峯さんは、「もし自分が取り残される側だったらどう感じるだろうか」と問いかけてくださいました。私はこれまで、SDGsの17の目標にある飢餓や貧困、教育格差などについて、「支援を必要としている人たちがいる」という視点で考えることはあっても、自分自身が取り残される立場になることを想像したことはありませんでした。しかし、実際に自分がその立場に置かれることを想像すると、とても不安で怖い気持ちになりました。どんどん進歩し成長していく世界の中で、自分だけが取り残され、誰からも助けてもらえなかったらどうなってしまうのだろうと考えました。

また、そのような状況をこれまで一度も想像したことがなかった私は、無意識のうちに「取り残されにくい側」、つまり特権を持つマジョリティ側として生きてきたのだと気づかされました。自分では当たり前だと思っていた生活や環境も、決して当たり前ではなく、多くの条件や社会の仕組みの上に成り立っているのだと感じました。そして、SDGsは遠い国や特別な誰かの問題ではなく、私たち一人ひとりに関わる問題なのだと実感しました。

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会場の様子

「尊厳」については、辞書の定義に加えて、19世紀における意味や、さまざまな著書における複数の定義についても論じてくださいました。現在の定義は、「とうとくおごそかで、おかしがたいこと。(広辞苑)」とされています。ただ漢字をひらがなにしただけにも見えますが、あえて漢字を用いないことで、言葉に柔軟性やしなやかさを持たせ、意味を限定しすぎないようにしているのではないかと私は感じました。この部分からも、「尊厳」という言葉の奥深さを考えさせられました。さらに、もともとの「尊厳」は、王室等の高い地位や身分を表す言葉であったことを知り、とても驚きました。しかし、二つの世界大戦後には、一部の特別な人だけではなく、すべての個人が持つべきものとして考えられるようになったそうです。その変化には、戦争による悲惨な経験や、多くの犠牲が大きく関わっていることを学びました。私はこれまで、「尊厳」が守られていることのありがたさについて深く考えたことがありませんでしたが、「尊厳」は平和と同じように、私たちが大切に守り続けていかなければならないものなのだと感じました。

今回の講演を通して、SDGsや人間の安全保障は、遠い国や特別な誰かのためのものではなく、私たち一人ひとりに関わる問題なのだと実感しました。また、「尊厳」は当たり前に存在するものではなく、多くの犠牲や歴史の上に成り立っている大切なものであることを学びました。これからは、自分とは異なる立場の人々への想像力を持ち、誰一人取り残されない社会について考え続けていきたいです。

(文教育学部 五十嵐まど佳)

【関連リンク】
JICA緒方貞子平和開発研究所

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