平成20年度 現代GP講義
キャリアプランニングI(化学メーカー:中田邦臣先生)

2008年10月8日(水)、15日(水)、22日(水)の3週は、元 三菱化学株式会社理事(現 NPO法人 失敗学会組織行動分科会幹事)の中田邦臣先生をお招きし、商品開発をテーマとして「開発工学 ―新商品の成功率向上のために―」と題した授業をしていただきました。日々世の中に流通する新商品は、どのような概念に基づいて生み出されるのでしょうか。長年にわたり三菱化学の商品開発分野で活躍されてきた中田先生に、新商品開発の必要性とプロセスを学び、その後学生が考えた商品企画案をキャリアカフェで発表することによって、マーケティング(※1)から新商品開発までを実際に体験してみました。

※1:顧客が求める商品や情報を提供し、また何を求めているかを知ることで その商品を提供できるよう努める活動全体を示す。マーケティングリサーチ(市場調査)は、その一部。


開発工学 ―新商品の成功率向上のために―

「企業が成長していくにはイノベーション(※2)が必要です。事業を維持していくこと、事業を創出すること、さらに事業を活性化するイノベーションを興して企業は成長していくことができます。企業が活力を維持するためには、既存の商品とは異なる新商品の開発が重要なのです」(中田先生)

三菱化学は、化学原料やそれらを素材とした機資材、有機感光体、蛍光体、DVDなど光記録メディア、それに使われる機能性色素など、様々な製品を世に送り出しています。化学メーカーの中では売り上げ世界第6位。既存の化学製品を製造することに加え、世の中のニーズに合わせた新商品の開発も手掛けています。

新商品開発のプロセスは、まずアイディアを具体化し、商品コンセプトを策定。その後 試作品を作り、市場テストを経て販売にいたります。プロセスごとにその都度細かく評価するため、途中でボツになる企画がほとんどです。商品として成功するのは、1000個のアイディアに対して3つとさえ言われています。しかし、製品化に繋がらなかったアイディアが再び浮上することもあります。三菱化学ではありませんが、 “ポスト・イット(米国 3M社)”の例が挙げられました。今から40年程前、強力な接着剤の開発中に出来てしまった粘着力の弱い接着剤。貼り付いてもすぐ剥がれてしまうため、使い道がないという理由で長く試作品のままでしたが、『貼っても剥がせるしおり』に使えないかとの発想を得、接着剤の試作から約10年の時を経て製品化。新たなニーズを掘り起こして現在も大ヒットしています。まさにイノベーションを体現している商品といえるでしょう。

※2:新しい技術や発想によって生み出された新たな価値で、社会に変革をもたらすこと。革新。


新商品開発の成功率

「こんなモノがあったらいいな」というひらめきだけで新商品は生まれるのでしょうか。

「『新商品』とは、今までまったく作っていなかった創造的な製品だけでなく、既存の商品をバージョンアップさせて新しいブランド名(または新しい品目名)で出す製品も『新商品』といいます。ただし、簡単な改良品は除きます」(中田先生)

新しい概念のもとで生まれた商品の成功率は5%足らずですが、逆に、既存の商品や類似した商品を改良・補完した商品の成功率は60%と飛躍的に高くなります。ヒット商品を生み出すには全くのゼロから考えるのではなく、既存の商品をバージョンアップさせることが近道です。既に市場が形成されており、その商品を求めている顧客が改良品を受け入れやすい下地ができあがっているからです。

中田先生:「最近のヒット商品はどんなパターンに当てはまるでしょうか。ここに2007年のヒット商品番付があります。みなさんいかがですか。これらはどちらに当てはまると思いますか」
学生:「Wii、PASMO、メガマック、デザインカフェなど、どれも確かに既存の商品を少し改良したものですね」
中田先生:「そうですね、無から生まれた新商品は世の中に意外と少ないのですね。ということは、今現在ある商品の改良版を作れば、そこそこのヒットが見込めるということです。のちほど みなさんで新商品を企画します。このマトリックスを参考にしてください」

<新商品のタイプとその成功率>
  用 途

 
  既存商品と同じ
or 類似
既存商品と異なる
(マーケティング関連:有)
既存商品と異なる
(マーケティング関連:無)








or


(現在商品)
改良品
補完品

成功率:60%
マーケティング

技術関連の追加商品

成功率:40%
技術関連の追加商品



成功率:20%







代替品
保管品

成功率:40%
マーケティング関連の追加商品


成功率:20%
異業種的追加商品
(新事業)

成功率:5%以下

中田先生:「さらに商品は生き物のように育ってはやがて消えていくものです。時代の流れを見てアイディアを出すことも考える必要があります」

商品には 導入期、成長期、成熟期を経て衰退期に至るライフサイクルがあります。例えば、バイオ燃料や燃料電池は まだ真新しい導入期、銀塩写真や固定電話などは衰退期に入ると考えられます。その商品のライフサイクルに合わせた代替品・類似品の新商品を考えていくことが商品開発のポイントになります。


成功率向上のための経験則

「新商品開発の成功要因はなんでしょうか。もちろんアイディアも大事です。既存の商品のバージョンアップでもヒットが見込めます。商品のアイディア以外にも重要なことがあります。もちろんユニークで信頼性が高い商品であることは重要です。商品の内容とは離れて、社内で推進する仕組みのことですが、私の経験から言えることは、商品開発の組織には優れたリーダーがいて、意思決定にトップ(社長)の支持があることです。それと営業、開発生産との協力体制がとれていることでしょう。組織力が大事ということです」(中田先生)

三菱化学は、自由な風土があるため、ロジックと行動力がしっかりしていれば年齢差に関係なく思う存分仕事ができるそうです。そしてそこから生まれたアイディアは営業、製造など一連の部署と強力に連携して製品化、ヒット商品へと繋がっていきます。トップ(社長)を含め風通しの良い組織体制、社を挙げて研究成果・商品のアイディアを育てていく土壌が、商品開発という業務にとって重要な礎となっています。


課題:ユニークな示温モニターの開発

「では、実際に商品開発をしてみましょう。ここに不可逆性の示温モニターがあります。温度によって色が変わるセンサーです。私は以前、お肉などの冷蔵・冷凍食品にこれを付けることを提案しました。食品が作られてから消費者に届くまで、温度が一定に保たれていることをセンサーの色が保証するものです。流通途中で、もし温度が上がる(解凍する)ことがあれば、示温モニターの色が変化したままになるのです。このような示温モニターを応用して、新しくてユニークな商品を開発してみましょう」(中田先生)

商品企画には、アイディアももちろん大切ですが、実はマーケティングリサーチ(市場調査)が非常に重要です。学生は班ごとに分かれ、まず ニーズ(例:食品・医薬品の安全管理、食品の食べごろ表示)、想定される市場(例:冷蔵食品、生鮮食品、医薬品など)、現在の開発状況(可逆性・非可逆性、高温度範囲・低温度範囲)などを考えることから始めました。ユニークなアイディアを提案するためには、いま世の中にどれだけの既製品があるのかを知ることが重要な鍵となります

商品開発には、以下のポイントを押さえておく必要があります

  1. 素材(今回は示温モニター)の性質
  2. ライフサイクル上、どの時期にあたるか
  3. 技術的な位置付けや市場での位置付け、技術と用途の関連性の把握
  4. 開発商品の生産、流通体制の確立
  5. 製品1つあたりの製造コストと目標売り上げ高
「第3回目の講義では、キャリアカフェで みなさんが考案したユニークな商品企画をプレゼンしていただきます。実際に優れたアイディアには、特許を取るように私が協力します。三菱化学で本当に商品になるかもしれません。がんばってヒット商品を考えてください」(中田先生)

開発商品のコンセプト発表

発表の日まで、学生はチームごとに綿密な企画会議を開いてプレゼン資料をまとめ、キャリアカフェでのプレゼンが行われました

中田先生:「では発表していただきましょうか。特許は同じアイディアだったら先に発表した人が取る権利があるので、先の方が有利です」
Bチーム:「はい! Bから発表します!」
中田先生:「それではBチームの方お願いします」
Bチーム:「用途に合わせて色々なサイズでシール状の示温モニターをそろえると、例えばビール(飲み物)、食品(肉・野菜のパッケージなど)、紙コップ、医薬品、化粧品などに貼れることを考えました」
中田先生:「なるほど。私もビールに付けることを考えました。出荷時から冷えた状態を保証するためにいいかと思ったのですが、流通の過程で温度が変化する可能性もなくはないので、実際には飲み頃を示す(可逆性の)示温モニターをビールに付けたに留まっています。食料品や医薬品に貼り付けるとはいいアイディアですね。ライフサイクルを意識して考えるとさらに商品化の道に近付きます。では次はAチームでいいかな?」
Aチーム:「示温モニターの動物用体温計を考えました。これは、アイディアとして新しいので、商品開発のライフサイクル上は導入期の商品に相当すると思います。
動物用体温計は耳で測るものが既製品として市販されていますが、これは12,000円もします。示温モニターであれば安価にできるので、手軽に買ってもらえるのではないでしょうか。ペットの調子が悪いときは まず自宅で体温を測り、異常があれば獣医さんに連れて行くといいと思います」
中田先生:「技術市場の位置付けがきちんとできていますね。ペットの体温計がそんなに高価なら、体温を簡単に測定できる示温モニターは需要がありそうです。 みなさんよく考えています。なかなかいいアイディアだと思います。また引き続き新商品を思い付いたら連絡ください。実際に商品化できるよう協力します」

演習を通じて、商品企画にはアイディアだけではなく、しっかりとしたマーケティングでの裏付けのあることが開発成功率アップの重要なポイントであると実感できた授業でした。





文責 / 現代GP:阿部純子

受講者の声

  • ワークでマーケティングや新商品について考えることがとてもおもしろかった。
  • 新商品の開発がどのように行われるかわかり、視野が広がった。
  • 化学メーカーは理系の人だけがいくところではないということがわかった。文系の仕事も多いと思い、就職を考える幅が広がりました。
  • 今まで考えていなかったキャリアの道が増えたと共に、もっと自分のよく知らない仕事について調べてみたいと思うきっかけを持つようになりました。
  • 単に会社の説明を聞くだけでなく、実際の業務に近いことができたことは有意義でした。
  • 実際に特許を取って商品化になる可能性があると思うとわくわくした。