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【開催報告】2024年度第4回IGIセミナー

2025年3月24日更新

新規ビタミンD誘導体の開発・創薬と殺鼠剤への応用

開催概要

【日時】2025年2月19日(水曜日)9時30分~10時30分
【講師】棚谷綾(理学部 化学科 教授)
【開催方法】オンライン
【参加者数】15名

開催レポート

2025年2月19日(水)、IGI学内セミナー「新規ビタミンD誘導体の開発・創薬と殺鼠剤への応用」がオンライン形式で開催された。講師の棚谷綾教授は、構造有機化学と医薬化学に関連する数多くの研究に取り組んでおられる。本セミナーでは、性差医学・医療の定義から、ステロイドホルモンの構造、ビタミンD3誘導体を用いた殺鼠剤開発への期待、ビタミンD誘導体の殺鼠剤としての効果について、化学の初学者にもわかりやすく解説いただいた。

近年、同じ病気であっても、病状及び病気の誘因や進み方、最適な治療法や予防措置が、性別や年代によって異なることが明らかになっている。このような背景を受けて、性差医学・医療では、男女共通の病気を含む全疾患において、生物学的な性差(性染色体や性ホルモンの違い)だけではなく、社会的な性差(環境的な要因)やライフステージ(年代)を考慮し、診断や研究を実施しているという。生物学的な性差には、性ホルモン、たとえば男性ホルモン(テストステロン)や女性ホルモン(エストロゲン)などがあるが、加齢にともないそれらの機能は低下し、更年期障害や動脈硬化、脂質異常症、骨粗しょう症等の病気を引き起こしている。

性ホルモンは、副腎皮質ホルモンとともに、ステロイドホルモンに分類される。ステロイドホルモンは、核内受容体を介して作用を発揮するため、核内受容体の働きを抑制することによって、病気を治療する。具体的には、乳がんや前立腺がんは、女性ホルモンや男性ホルモンの動きと関連しており、核内受容体に結合して、ホルモン作用を抑制する化合物が治療に使用されている。棚谷教授の研究チームは、ステロイドホルモンを抑制するような働きをもっており、かつステロイド骨格をもたない化合物であるビタミンD誘導体を開発してきた。そのうちの1つが、Dcha-20である。Dcha-20は、ビタミンDよりも核内受容体に結合しやすく、血中カルシウム濃度の上昇が抑えられることから、副作用を抑えた治療薬への応用も期待されている。

ではなぜ、Dcha-20を治療薬ではなく、殺鼠剤に応用する必要があるのだろうか。地球温暖化の進行により、都市部では鼠被害が大きな問題となっている。東京都内でも、2023年時点の鼠被害の相談件数は、10年前と比較すると2倍に増加しているという。鼠が人間社会に与える影響としては、サルモネラ菌の繁殖による衛生問題、電気ケーブルやガス管を破損することによる都市機能の阻害、農作物や食品を摂食することによる経済的な被害などがある。これまでも鼠捕りなどの物理的な対策がとられてきたが、大量発生時には効果が限定的であった。

殺鼠剤として世界シェアの7割を占めているワルファリンは、少量の薬量を連日摂取することから鼠にも忌避されにくく、高い致死効果をもたらすことで知られている。しかし、ワルファリンへの抵抗性をもった鼠(スーパーラット)が出現し、今や東京に存在する約8割の鼠がスーパーラットであるとも言われている。さらに、スーパーラットに対応可能なスーパーワルファリンは、1日もしくは数日で殺鼠効果を発揮するが、蓄積性が高いため、鼠の死体を捕食した猛禽類が大量死するという野生動物の二次中毒を生じさせている。

こうした既存のワルファリン、スーパーワルファリンに比肩する殺鼠剤として注目されているのが、棚谷教授らが開発したDcha-20である。棚谷教授の実験によれば、Dcha-20はワルファリンとは異なる標的分子をもっていることから、既存の殺鼠剤に抵抗をもっている鼠にも有効であるという。また光に強いことから野外散布も可能であり、体内への蓄積性も低いことから、標的外生物の致死という二次被害のリスクも低減することが確認されている。

棚谷綾教授
(セミナーの様子:棚谷綾教授)

セミナー後のアンケートでは、人体や動物に有害な物質ではなく、医薬品にも応用できる天然のビタミンDやビタミンD誘導体を用いた殺鼠剤が、高い致死効果を発揮することへの驚きのコメントが多く寄せられた。またジェンダード・イノベーションとの関連として「実験動物に雄雌両方を使い、オス・メス間に多少の性差を見出しながらの研究であるとも知り、実験デザインにおいて性別のバランスを取り、実験の質を高めるジェンダード・イノベーションの視点が用いられているとも感じました。」との感想もあった。Dcha-20の殺鼠剤への実用化については、2024年12月より科学技術振興機構「研究成果最適展開支援プログラム」の本格フェーズに採択されている(https://www.jst.go.jp/a-step/kadai/2024-honkaku.html)。Dcha-20の殺鼠剤が製品化した際には、ぜひもう一度ご講演いただきたい。

記録担当:相川頌子(IGI 特任講師)

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