第1回研究会 2010年日本地理学会秋季学術大会

日 時:2010年10月3日(日) 13時~15時
会 場:名古屋大学
演 題:「地域密着型サービス事業所の事業展開における地域交流・地域連携の取り組み-長崎市の介護事業所を事例に-」
講演者:宮澤 仁(お茶の水女子大学)
参加者:5名

要 旨: 2005年の介護保険の改正において地域密着型サービスが創設された。認知症や独居の高齢者の増加を踏まえ、要介護状態になっても個人的で柔軟なサービスを利用しながらその人らしい生活を住み慣れた地域でおくるという、認知症ケアにおける高齢者の尊厳を支えるケアモデルに立脚したサービスである。この地域密着型サービスを提供する事業所には、本来の機能である介護サービスの提供に加えて、自発的に地域との交流・連携を進めることが期待されている。サービスを利用する高齢者が安心して豊かな地域生活をおくるには、地域の人々との交流や地域資源の活用などを通じたインフォーマルなケアも必要となるからである。そのために地域社会の理解を深めて協力を得るには、事業所が率先して地域の活動に参加したり、専門性をいかした地域貢献を行うことで、支え合いの関係や協働のネットワークを地域に構築することが大切である。
 本研究では、長崎県長崎市を事例地域に、地域密着型サービスの介護事業所が取り組む地域交流・連携の実態を明らかにするとともに、地域交流・連携を通じたケア体制の構築の現状について考察した。その結果、長崎市における介護事業所の地域交流・連携の取り組みを規定する要因として、①介護事業所からみた地域交流・連携の必要性と、②地域組織、特に単位自治会がおかれている状況、の2点が指摘された。
 ①の要因に関しては、事例事業所の調査から、個々の事業所における事業展開上の戦略と関連した具体的な理由が明らかになった。事業所利用者の非常時への対処や地域の治安維持のため、地域住民による反対運動の回避と理解の促進のため、地域におけるニーズの掘り起こしとサービス利用者の確保のためなどである。ただし、多くの事業所において地域交流・連携のパートナーに自治会が選択されている、という共通性もみられた。自治会が選ばれる理由としては、その地理的なテリトリーが事業所利用者の日常の生活圏と重なること、そしてとりわけ認知症高齢者の生活支援には生活圏にきめの細かいセーフティネットを形成する必要から、全戸加入原則ならびに包括的機能を特徴とする自治会との関係構築が有利になることが指摘される。
 一方、②の要因との関連において、自治会が事業所との関係を構築する意義としては以下のことが考えられる。高齢化の進行ならびに家族機能の縮小に伴い、これまでは家庭で対処されてきた福祉的問題が地域の課題として顕在化しつつある。しかし、この問題に対して自治会をはじめとする旧来の地域組織では機能的に対処が難しいことに加え、高齢化や無関心層の増加により地域組織自体の弱体化が進んでいる。ゆえに、地域における事業所の開設は、地域組織の外部にではあるが専門的な福祉機能を地域にもたらすことになり、さらに事業所との関係構築を通じて職員や利用者が地域活動の担い手になる可能性がある。地域組織は、事業所の運営推進会議への委員派遣や、事業所利用者の情緒的支援や緊急時の支援を担うことで、自らに不足している機能や人的資源を補完することが可能になると考えられる。
 以上の結果は、内部結束型の形成原理を特徴とする地域組織と、橋渡し型の機能を発揮することが求められている地域密着型サービスの介護事業所との連携構築を通じた相乗効果の発揮が、地域におけるケア体制の確立に必要であることを示唆している。さらに、このことは、人口減少・高齢化社会における地域ガバナンスの重要なテーマと考えられる。

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