第6回研究会 2013年日本地理学会秋季学術大会

時 期:2013年9月29日 15時~17時
会 場:福島大学 S棟S-14教室
演 題:「保育をめぐる近年の動向と地理学における研究課題」
講演者:久木元美琴(奈良女子大)
参加者:7名

要 旨: 1990年代以降、子育て支援は日本の政策的課題の中心に位置し続けている。保育をめぐる課題は地域によって一律ではなく、また女性就業や家族を取り巻く諸条件の変化とも強く関連している。本報告では、戦後日本における社会保障・福祉政策全般における保育・子育て支援の位置づけと政策転換の経緯を踏まえたうえで、保育をめぐる地理的諸相と既存研究について整理し、今後の研究課題を検討することを目的とした。
 福祉レジーム論や保育政策に関する先行研究では、親族に依存した日本型の社会福祉政策のなかでも、日本における保育所政策が「先進性」と「階層性」に特徴づけられることが示されている。すなわち、公立保育所整備率は先進諸国のレベルに比較しても高い水準に達していた一方で、利用階層が限定的で、低年齢児や延長保育等の保育ニーズに対する政策的対応の遅れがみられた。特に、脱工業化とフレキシブル労働への需要は既婚女性の就労増と保育ニーズの多様化を招いたが、同時期には新自由主義や「日本型福祉社会論」が台頭しており十分な対応がとられなかった。社会保障や保育、女性労働をめぐる以上のような変化は、保育制度の転換と新たな子育て支援の枠組み構築の圧力となっている。
 大都市圏では保育所待機児童問題に代表される保育所不足が深刻だが、その要因には、都市の置かれてきた地域的文脈と都市空間構造が挙げられる。高度経済成長期に主婦化が進展した大都市圏では保育所整備が十分に行われず、施設ストックの不足から、その後の女性就労増加にともなう保育所不足をより顕著に生じさせた。また、民間企業勤務率や核家族率の高さは、育児の外部化と同時に、低年齢児保育や延長保育などの質的ニーズを強める。さらに、日本の大都市圏における職住分離の都市空間構造と公共交通機関に依存した生活スタイルは、ミクロな地理的範囲での保育所の需給バランスを整合することをいっそう困難にする。地方都市は保育供給が相対的に豊富な地域として位置づけられる一方で、 地方農村のなかでも特に過疎地では、統廃合による通園範囲の広域化や地方財政の恒常的逼迫、園長・保育者の居住歴が長く生活と切り離せない労働時間、等の問題が生じている。山間地の事例では、学童保育需要がある場合でも、各校の児童数が少なく国の施設基準を満たせないこと、合同施設では範囲が広域となり通園できないといった問題が示された。既存研究では、保育所不足の深刻さから
都市を対象とした蓄積がなされてきたが、地方都市や農山村における保育問題もまた明らかにされるべきである。
 また、よりマクロな空間性と保育の問題を関連づけた研究としては、主に海外先進国で蓄積されたケア労働の国際移動に関する研究蓄積がある。先進国主要都市の世界都市化と産業構造の変化にともない、都市に住む高階層ホワイトカラー女性の家事・育児の担い手として、発展途上国からの移民労働力がケア・ワークを担う「グローバル・ケア・チェーン」の構造が指摘されている。また、中国など、大都市圏と地方圏における経済格差が大きい国では、大都市圏の家事や育児を担う使用人として地方圏出身の労働力が吸収される。日本国内では、保育を含むケア部門に移民労働力がほとんど参入していないことや、大都市圏と地方圏の経済格差が相対的に小さいため、上記のような海外事例とは文脈の異なる点が多い。 しかし、1990年代以降の保育の規制緩和を背景に保育産業の市場は拡大しており、特に大都市圏における保育労働力の不足が指摘されている。こうしたなかで、国内における保育労働力確保の空間性や地理的移動は、今後の観察を要する検討課題である。
 
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