第5回研究会 2013年日本地理学会春季学術大会

時 期:2013年3月30日 13時~15時
会 場:立正大学熊谷キャンパス A408教室
演 題:「精神障害者グループホームが抱える事業運営上の問題とその要因」
講演者:三浦尚子(お茶の水女子大・院)
参加者:11名

要 旨: 1990年代以降、社会福祉基礎構造改革の実施に伴い、障害者の分野でも地域福祉の推進が提唱されたが、2006年に施行された障害者自立支援法では、就労自立に偏重した自立概念が影響し、居住サービス事業は冷遇された制度設計であった。そのため、東京都では、国の制度の不備を補填すべく、グループホーム事業に「通過型」という利用期限が設定された独自の制度が新設され、精神障害者を対象としたグループホームも飛躍的に増設されている。しかし、通過型事業はグループホームの永住を保証するものではないため、運営及び利用上の問題がある点が推察される。本報告では東京都R自治体を事例地域に、精神障害者グループホームの運営および利用実態を、事業者及び入居者のインタビュー及び参与観察を通じて明らかにし、今後の事業展開において何が必要かを検討した。
 運営面において得られた知見は、以下の通りである。(1)12か所のグループホームのうち10か所が通過型の運営であり、8か所が常勤職員1名の人員配置でマンパワーが不足している状況にあった。(2)(1)を理由に、事業者6者のうち4者が「利用期限内に通過できるか」という視点で入居者を選別し、障害の程度が軽い精神障害者のみの利用が想定されていた。(3)(2)とは対照的に、1者の事業者では(1)を解消すべく入居者の支払う利用料を高く設定するとともに、報酬単価の高いケアホーム事業を併設させ、中重度の精神障害者を積極的に受け入れて事業の安定化を図っていた。(4)(3)の戦略は、経済力のある入居者を想定するとともに、事業者が障害者のラベリングを助長させる点が懸念されるため、R自治体内では発展しなかった。加えて(5)R自治体では「住民率」という独自の制度があり、補助金額に反映されるためすべての事業者が入居者を住民であるかどうか考慮しなければならなかった。
 利用面においては、インタビューを行った19名の入居者が概ねグループホームを肯定的に捉えており、その理由として(1)職員の親身な対応、(2)家族(特に親)との良い距離感、(3)おしゃべりができる、などが挙げられた。入居者がグループホームを居心地の良い「ケア空間」の場として位置付ける背景には、その比較対象が精神科病院か自宅など入居者にとってはunhomelyな空間であり、グループホームに入居できなければほかに行き場所をなかった点が指摘された。また、グループホーム利用終了を意味する「卒業」に対して、入居者の半数が心理的または経済的不安を示しており、入居者にとってグループホームを通過することはプレッシャーになっている点が懸念される。さらに、高級住宅街に立地する1か所のグループホームにおいては、入居者より厳しい規則や職員の対応に対する不満が見受けられた。それは近隣住民の反対運動(NIMBY)が影響したものであり、外側の空間から抑圧されたグループホームが存在することもわかった。
 今後の事業展開においては、グループホーム退所後のアフターフォローの強化、滞在型グループホームの設置、職員のスキル向上に向けた教育、グループホームを「ひっそり開設しこっそり運営」しながら、近隣住民の「不気味なもの」という認識を長期的な視座で疾病教育する、などが考えられる。事業者による入居者の選別は、個人的な問題ではなく、国や東京都、R自治体という異なる空間スケールの制度が深く関与しており、社会構造上の問題である点が、本報告を通じて明らかになった。
 
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