第3回研究会 2012年日本地理学会春季学術大会

時 期:2012年3月29日 13時~15時
会 場:首都大学東京 南大沢キャンパス 309教室
演 題:高齢者の居住環境と健康-空間・社会疫学からのアプローチ
講演者:埴淵知哉(立命館大学,学振特別研究員)
参加者:18名

要 旨: 近年の疫学や公衆衛生学においては、健康を規定する要因を、個人の生物学的特徴や保健行動といった個人レベルの要素だけではなく、地域や社会といった個人を取り巻く環境に求め、その環境を変えることによって住民の健康増進に役立てようとするアプローチが広まりつつある。健康地理学、社会疫学、空間疫学といった各種の学問領域が、地域・場所への関心や、GIS・空間分析などの方法を共有し、とりわけ身近な空間スケールを対象にした「近隣環境と健康」をめぐる研究を活発化させている。
 一般に、高齢者は職場や学校といった空間で過ごす時間が他の年齢層に比べて短く、近隣の物的・社会的な環境の影響をより強く受けると考えられている。例えば近年では、「買い物難民」という言葉に示されるように、高齢者の暮らす地域の生活環境も注目を集めている。このような近隣環境への「暴露」が、生活の利便性のみならず健康問題にまで結びつくのであれば、近隣の居住環境整備はさらに重要な地域問題となる。
 以上の問題意識から、報告者は日本の地域在住高齢者を対象とした疫学調査データの分析を通じて、(1)身体活動環境と運動頻度、(2)食環境とBMI(Body Mass Index)、(3)社会関係資本と健康感の関連について実証研究を進めてきた。その結果、日本においても各種の近隣環境のあり方が、高齢者の健康状態・行動と結びついていることが示された。ただし、対象とする健康アウトカムや近隣環境の種類によって、関連の方向性は必ずしも海外の先行研究と同じではない。例えば、公園への近接性が余暇の運動頻度を高める点は概ね仮説通りであったものの、米国では肥満を減少させる「健康的」な環境を示す指標となるスーパーマーケットへの近接性は、むしろBMIの高さ(過体重の多さ)と関連していた。
 高齢者の健康を、個人だけではなく地域の問題としても捉えるアプローチは、学際的にも関心を集める重要な課題である。日本の地域を対象とした空間・社会疫学研究の本格化とともに、疫学的因果推論だけにとどまらない健康地理学の展開が今後の課題として挙げられる。
 
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