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2023年11月7日更新
開催日時 |
2023年7月5日(水曜日)9時半~10時半 |
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講師 | 大森美香(基幹研究院 人間科学系 教授(心理学)/IGI研究員) |
開催方法 |
オンライン |
参加者数 | 25名 |
2023年7月5日(水)、IGI学内セミナー「治療アドヒアランス向上のための健康心理学的アプローチ:性差に配慮した緑内障予防・治療の開発と検討」がオンライン形式で開催された。健康心理学が専門の大森美香先生に講師を依頼し、性差に配慮した疾病予防のための行動変容、心理学的根拠に基づいたイネーブラー(enabler)技術についての最新の研究動向を紹介していただいた。臨床現場からの報告では、女性は、家事や介護によって疾病の早期発見といった健康維持にかかわる行動が遅れる傾向にあるとされ、性差に配慮したサポートが求められている。そこで、本セミナーでは、このような健康行動につながる治療アドヒアランスの向上における性差について学んだ。参加者は25名であった。
健康心理学は心理学の中でも新しい分野である。過去の死因は感染症が多かったが、近年では生活習慣に関連する死因が増加しており、疾病構造の変化に伴い個人の行動への関心が高まっている。「自分自身は同年齢の人よりも疾病にかかりにくい」と考える楽観バイアスによって、健康に関する情報が必ずしも適切な健康行動に結びつかないため、行動変容促進が健康心理学領域における研究課題となる。
大森教授が着目する緑内障は、神経の変性による疾患であり、一度かかると治らない。有病率は40歳以上で5%、患者群の失明率は25%、4分の1の患者が失明するという恐ろしい病気である。緑内障の進行を遅らせるためには、早期発見、通院や服薬の継続が重要となる。
治療アドヒアランスとは、患者自身が病気を受容し、治療者の指示に従って能動的に治療にかかわることを指す。アドヒアランスの対義語は、治療脱落である。行動変容の性差を検討する上で、アドヒアランスの概念が鍵となる。緑内障治療に関する先行研究では、40歳前後で自覚症状がない場合、女性より男性が治療脱落しやすく、病院が自宅から遠いことや、治療薬の副作用によって目の周りの見た目が変化することが治療脱落に関連すると言われている。
日本では、治療アドヒアランスに関する性差研究の蓄積は十分ではなく、女性被験者の参加割合が少なく男性主導で行われているという現状がある。また、アドヒアランスを促進する要因の解明も十分に進んでいない。大森教授の研究グループは、緑内障予防・治療のための行動変容サポートシステムを構築するために、どのような要因が治療アドヒアランスに関連するのかを明らかにするオンラインパネル調査を実施した。対象者は自覚症状が弱い緑内障初期・中期患者2,400名(男女各1,200名、年齢40~69歳)である。その結果、アドヒアランスの性差については、家事や介護を担う女性よりも、男性の方が自分の治療よりも他者を優先して行動する傾向があり、治療脱落になりやすいという結果が得られた。これまでの知見からは家事や介護を担う女性の方が他者を優先した行動を取ると予測されたが、男性の方が他者を優先すると報告する傾向があるとの分析結果が意外であるという大森教授の発言に対して多くの参加者が共感し、セミナー後の参加者アンケートでは、この結果についてのコメントや質問が多く寄せられた。
大森教授の研究グループでは、オンラインでのカウンセリングにおいて、クライアントとセラピストをアバターに変える技術を用いた、イネーブラー技術の実装に取り組んでいる。イネーブラー(Enabler)とは、他者の行動に力を貸すことであり、イネーブラー技術とは、他者の行動の支えとなる技術を意味する。アバターを使用することで匿名性のある中で会話ができ、クライアントの自己開示が進み、悩みを打ち明けやすくなるという効果が期待できる。適切な医療知識をAIがアバターを通してクライアントに提供する仕組みが実現すれば、通院における距離的、時間的制約の解決につながる。ただし、AI技術の開発者には男性が多いため、男性に好まれやすい顔、容姿、声がアバターに反映されがちであるといった指摘がある。アバターの外観の問題は、ジェンダード・イノベーション研究の観点からも興味深い。
高齢化が進む日本においては、高齢者だけでなくどの世代においても健康寿命の延伸に向けた行動変容の重要性が高まっている。本セミナーでは、健康への行動変容においても性差が存在することや、性差に配慮したアドヒアランス向上のための支援の重要性を理解することができた。
記録担当:山本咲子(IGI 特任リサーチフェロー)